今回は、40代前半会社員さんが、社長から「厳しい叱責を受けたり」、「人間性を否定されたり」、「退職勧告を受けたり」したパワハラ体験談をご紹介してみます。うつ病になって会社を退職させられた後、2年後に這い上がって転職できたそうです。かなり酷いパワハラ体験談だと思いますが立ち直れて良かったと思います。うつ病で2年ほど働けない状態が続いたそうなので、病気になってしまうと回復するのも大変なんだなと感じます。
パワハラを受け一時再起不能まで追い込まれました
今現在、中部地方在住の40代前半の会社員です。
今から7~8年ほど前にパワハラを受け、一時再起不能まで追い込まれました(笑)
今は立ち直り、這い上がってサラリーマンやってます。
私がこの時受けたパワハラをお話したいと思います。
当時の状況
私は当時、30代前半の働き盛りでした。また、小さな会社でしたが、約9年ほどの勤続年数もあり、役職も付き、後輩も1人いました。
この頃、ちょうどリーマンショックがあり、会社の売り上げが少しづつ落ちていたようです。
また、現場にいた私も仕事量の減少を感じていました。
この頃から、社長(小さな会社だったので、直属の上司が社長でした)の機嫌が悪くなり始め、すぐに怒るようになり、次第に怒鳴り散らすようになりました。
チーフ(現場の責任者)が社長の奥さんで、あとは自分と後輩、パートでやっていた小さな会社だったので、次第に矛先が自分に向くようになってきました。
仕事の流れ
基本的な仕事の流れは、後輩とパートが定形の業務をこなし、自分とチーフで新規の仕事や不定形の業務をしていました。
新規や不定形の業務は、定形のものよりも、頭を使わねばならず、どうしても時間がかかってしまい、残業(年俸制なので、残業代はない)をしてなんとかこなしている状態でした。
それでも手が回らない時は休日出勤もしました。
しかし、当時は仕事がない中での取り合いだったので、単価もかなり低く、なかなか売り上げに結びつかない状態でした。
後輩とパートは定形の業務なので、ある程度、時間と売り上げは計算でき、毎日、一定の時間には終わっていました。
出来れば手伝って欲しいと思っていましたが、後輩ができるような仕事ではなく、また、後輩も新規や不定形の業務は時間がかかり面倒くさそうなので、手伝おうという素振りも見せませんでした。(笑)
そんな状況下で、社長から「後輩はちゃんとした量をこなし、ほぼ定時に終わっているのに、なんでお前は遅くまで残業して、大した量をこなしていないんだ」と叱責を受けるようになりました。
次第に「お前が能力が無さ過ぎるから、今の状況になっているんだ」だの、「性格がなってないからダメなんだ」だの、能力と性格まで貶められ(おとしめられ)、人間性まで否定されていきました。
また、その叱責が日に日に長くなり、ひどい時は1時間以上になることもありました。
その叱責のおかげで仕事ができず、さらに残業が増える悪循環に陥っていきました。
最後の方はお説教の時間まで計算して業務をしていました。(笑)
また、いつも叱責されている自分を見て、後輩が段々と言うことを聞かなくなりました。
ある日、「そこまで言うなら、自分と後輩の業務と給料を変えてくれ」と反撃したところ、後輩には無理だから出来ないと一蹴されました。
「後輩には無理だ」そう言ったのに上記のような叱責は続き、「なんでやねん」と思いながら、次第に身も心もクタクタになっていきました。
そして病に
日に日に限界を感じていた私は遂に動けなくなり、病院へ行ったところ精神科に回され、うつ病と診断を受けました。医師に休むように言われ、とりあえず1ヶ月休みたいと社長に申し出たところ、退職勧告を受け退職しました。
今思えば、例え社長であっても自分の人間性まで否定される筋合いはなく、9年以上も勤め、多少なりとも貢献した人間に気持ちばかりの退職金も払わず、退職勧告も会社の都合で月末までに辞めてくれと言われたので、2週間ほどしかなく、退職勧告は1ヶ月前までに、それより短い場合は解雇予告手当を支払わなければならないと定めた労働基準法違反ですね。(笑)
今でも労働基準監督署(通称:労基署)にパワハラと解雇予告手当の件で訴えたいと思っているくらいです。(笑)
ただ、当時はそんな元気はなく、とにかく休みたかったのです。
退職後、2年ほど働けない状態が続きましたが、地道にリハビリして、体調を戻し、転職できました。
転職した職場では上司や先輩、同僚にも恵まれました。さらに給料も上がりました。(笑)
ある程度の規模の会社なら、人事に相談したり、部署移動したり、休職したりと色々と方法はあったのかもしれませんが、零細企業では難しい面もあると思います。
解決方法はその人の置かれている状況にもよりますが、身体を壊すくらいなら、退職を考えても良いと思います。
人間なるようになりますからね。